東西パティシエ対談 小山進×辻口博啓「少年時代の経験は、イマジネーションの源泉」

スイーツ書籍の執筆やスクールの開催など、多方面で活躍する「パティシエ・エス・コヤマ」のオーナーシェフ、小山進氏。ほぼ同年代である辻口シェフとは、お互いの修業時代から20年近くの付き合いであり、境遇も似ている部分が多いという。東と西のトップパティシエ両雄が語る少年時代には、“想い出”を超えた秘密があった?
取材・文:並木麻輝子  撮影:宮川朋久

「ジャパンケーキショー」の出会い

辻口:小山さんと僕の出会いは、(50周年記念の)「ジャパンケーキショー」に出場した時でしたよね。確か僕は24歳だったと思うんだけど。小山さんは何歳でした?

小山:26〜27歳だったかな。辻口さんが東京代表、僕が神戸代表でしたよね。

辻口:その試合中、僕のすぐ後ろでエアスプレーをシューシューやってる人がいて、気になってしょうがない。「この人、オレの集中力を削ごうとしてるんじゃないか」みたいな感じで。結構長いことシューシュー、シューシューやってるから、しまいには「もしかして僕の背中に絵を描いてるんじゃないか?」なんて思えてきて(笑)。

小山:描かないって(笑)。

辻口:彼の周りの人は、気が散って脱落していくに違いないと思いましたよ(笑)。で、振り返ってみたら、なんとその音の主が自分が作業しやすいように、ラックを持ち込んで、そこにいろんな道具をぶら下げている・・・。いやあ、びっくりしましたね。普通、あんまりやりませんよ、あんなこと。

小山:あんまりっていうか、誰もやらないって。

辻口:だから、そんなことやっていいのかなぁ? と思って。それをやってた変な人が小山さんで、僕の中ではやたらと印象に残っていたんですよね。

小山:だって、吊るしておけば見つけやすいし、すべての道具をごちゃっとまとめて一カ所においておくより作業しやすいじゃないですか。

辻口:作業しやすいかもしれないけど・・・。やらないよね、普通は。

小山:じつは、整然ときれいに吊るしたのはいいんだけど、練習の時にそんなことやってないから、結果的にどこに何を吊るしたかまったくわからなくなって、試合中えらく探しまくったんですよ(笑)。
辻口博啓

辻口:(爆笑)。

小山:いちいち「あれ?どこにやったっけ?」みたいな感じ。おまけに、腰にも、ペティナイフとか、パレットなんかを電気屋みたいにぶら下げておいたんですよね。思いついた時は、作業性もよく「名案」と思ったんだけど・・・。

辻口:そんなこと思いつくこと自体がおかしいって(笑)。

小山:で、これがまたすっかり忘れてしまって、「まずい!ペティナイフもないぞ!」みたいになって、マジで探しまわった。それがなんで見つかったかっていうと、しゃがんだ時に、その勢いで腰にぶら下げてたペティナイフが足に突き刺ささったんですよ。「痛—っ!」って・・・それで無事見つかった。

辻口:無事っていうか・・・(爆笑)。ともかく、あのコンクールが我々の出会いだったんですよね。

小山:考えてみると、あれからもう18年も経ったんですね。

男の勝負は40歳から

小山進

辻口:出会ったのは18年前だけど、その後はせいぜい年賀状のやり取りする程度だったから、親しくなるまでにはブランクがあった気がする。小山さんが自分の店を出すことになった時に僕の店に来てくれて、僕もどんな店になるのか興味深かったから、「エス・コヤマ」のオープン後、遊びに行ったんですよね。

小山:そうこうしているうちに、プライベートでも食事したり飲みに行くようになって。やっぱり、雇われている時より、自分がオーナーになってからですよね。お互い経営者として、同じ土俵に立ってからの方が、いろいろ突っ込んだ話をするようになった気がします。

辻口:西なら小山さん、東なら僕というように、それぞれ西と東で新しいことを仕掛けて、自ら切り開いていくポジションにいること。また距離的に近すぎないこともお互いにとってディスカッションしやすい関係につながっているのかもしれません。近すぎると、やはり互いの立場などもあり、踏み込んだ話ができないこともありますからね。

小山:現在は、同じオーナーシェフとして同調できることも多いし、仕事的に教えられることもある。東と西という立ち位置から、いろいろな情報交換もできますよね。

辻口:お互いコンクールを経てきているなど、共有できる土台もあるしね。小山さんもそうだと思うけど、僕自身、大会のみならず、常に人生のさまざまなシーンに挑戦しながら、走り続けている気がします。
小山:僕ね、自分で思うコンクール像があるんですよ。僕自身は、本当の意味での男の勝負は40歳からだと思うんです。その座標は人によって違うわけだけど、たとえば僕なら、ケーキ屋であり、「ケーキ屋というものをやり続けて行くこと」ですよね。19歳から40歳まで、自分なりの方向性を持ってこの仕事をやってくるうちに、たまたま名前がちょっと上がって雑誌なんかに取り上げられるようになった。

辻口:だけど、そこが終着点じゃない。

小山:そう、そこからですよね。ずっと上り続けて行くことって、非常にエネルギーがいるじゃないですか。その中で下降していったらいけないわけでしょ。

辻口:真の意味で、本人の資質や、そこまでに何を構築してきたかも問われますよね。

小山:独立がデビューで、そこからはじめて注目されて上がっていく人もいるけど、僕らはたまたまちょっと早い段階で名前が出てしまったから、それを自分自身で維持し続けることって、実際はものすごく大変なことだと思う。易々とこなしているように見えても、目に見えない苦労や、陰の努力がたくさんあるわけですよね。

辻口:その通りですね。本人が動くか動かないかも大事だし。

小山:いまでこそ「セルフプロモーション」って、普通の言葉になったけど、そんな言葉がない頃から、僕らは、そういうことをすごく大事にしてきたと思う。

辻口:うん。無意識のうちに常にやってきたことで、あえて仕掛けようとは思ってこなかったけれど、そういう意識が根底にあるかないかで動き方って変わってくるんだと思います。

小山:小学生とか、幼稚園の頃からね。辻口さんも経験ありません? たとえば、好きな子がいて、幼いながらライバル出現かって・・・。

辻口:やばい、がんばらなきゃ! みたいな(笑)。

小山:そういう時に、自分自身を無意識のうちに一生懸命セルフプロモーションしているわけですよ。それと商売とか、人気の秘訣って異次元の話のようでいて、実際はすごく共通項があると思う。ひとつの商品について、その良さをを維持すること、アピールすることなどと同じだと思うんですよね。

小山進プロフィール

小山進「パティシエ・エス・コヤマ」オーナーシェフ 小山進
1964年京都生まれ。10代で「スイス菓子ハイジ」に入社後、神戸代表として数々の洋菓子コンクールに入賞。『TVチャンピオン』のケーキ選手権でも優勝を果たすなど、「西」だけに留まらず、名実共に日本を代表するトップ・パティシエとして活躍を続けている。2000年に独立し、「パティシエ・エス・コヤマ」を設立。全国10数社の商品開発や技術指導を行う傍ら、若手パティシエの育成やお菓子スクールの開催などに力を惜しまず、スイーツ文化の発展に貢献する一人。






PATISSIER eS KOYAMA(パティシエ・エス・コヤマ)
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